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Tea Ceramics by Richard MilgrimTeaCeramics.comspacer spacer spacer

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Message from Yoshida Kozo (Art Critic)
Thoughts About Richard Milgrim
Written in 1999 for Milgrim's exhibition catalog
celebrating Richard's first 20 years working in Japan


利茶土ミルグリムのこと

美術評論家 -- 吉田耕三


私が初めてリチャードと出会ったのは1982年12月のことである。彼は裏千家千宗室の奨めで同年秋から備前の藤原雄先生の窯場に住み込み、備前焼と本 格的に取り組んでいた。雄さんの父、啓氏の病床をお見舞いに同家を訪ねた私はそこで当時27歳のリチャードを紹介された。逞しい体格と常に笑みを絶やさ ない、このアメリカ青年は巧みな日本語を駆使して私と日本文化について語りあった。また、自らの人生体験も話してくれることとなり、私は40歳にも及ぶ年齢の隔たりを忘れて聞き入った。

それによると、1955年にニューヨークで生まれた彼は、オハイオ州・アンティアック大学3年生の折に触れた日本民芸、特に焼物の美しさに魅せられて来日した という(彼は関西外国語大学で日本語の基礎を学んだ後、全国の窯元を約1年間ヒッチハイクで巡った)。ところが各地の美術館で出会った桃山茶陶への感激 が強く、帰国後も彼の意識は極めて深く茶陶に拠っていった。そして、茶陶の制作を自らの仕事にするため、1979年からボストンで本格的「茶の湯」の稽古を 始めた。ニューヨークで開催された「茶道美術展」では計らずも千宗室家元の知遇を得、同年7月トーマス・J ・ワトソン奨学金により再来日を果たした。

そんな彼を宗室家元は厳しく見守られた。彼は茶の湯で使われる道具制作に挑むべく、週3日は茶道、あとは作陶という修業の毎日に没頭していった。当初、 京都の岩淵重哉に長期に互り指導を仰いだ。その後、茶陶に専念するため、1982年6月からは萩焼の十二代田原陶兵衛先生、10月からは備前焼の藤原雄 先生、それぞれの窯場で修業している。更に萩焼と備前焼を統合した個展を京都と東京にて開催した後、美濃焼の修業をも志した彼は7ヶ月間、加藤光右衛門先生の元で過ごしている。

1984年、京都府日吉町の古民家を得、裏千家の茶人であった皆川真理さんと結婚した彼はここに築窯、翌年8月には初釜を焚き、宗室家元より「利茶土窯」 という名を頂いている。それ以降、リチャード・ミルグリムは茶陶を生涯の業とする「利茶土ミルグリム」となった。

彼が創る茶陶は志野、織部、黄瀬戸、瀬戸黒、黒織部、朝鮮唐津、黒唐津、黒 白釉、それに宗室家元命名の「白変釉」などである。これらは総て日本人とかアメリカ人とかではなく、地球人としての茶人利茶土が桃山の茶陶に挑み、茶道の 真髄である「和政静寂」の哲理を彼なりに感得して見事創り出したものなのである。年ごとに彼の茶陶は光彩を放つ。私はその将来を大いに期待している。

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